大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和33年(わ)1204号 判決

被告人 森山清美

昭九・一〇・一九生 農業

主文

被告人を無期懲役に処する。

理由

第一、犯罪事実

被告人の父勇次郎は昔堅気で頑固な一面、性温厚で義理固く、家業である農業に精励し、妻死亡後は子供の将来のことなどを考えて、後妻を貰わず、姉正枝も性温厚で近隣の評判も悪くなく、殊に昭和二十九年十二月祖母死亡後は婚期が過ぎてしまうにも拘らず被告人が嫁を貰うまではと母代りとなつて家事の面倒を見ていた。

被告人は勇次郎の長男として生れ、母とは四歳の時死別し、その後は主として祖母せきの手で育てられて成人し、中学校卒業後は勇次郎を助けて真面目に働いていたが、祖母が死亡した頃から女遊び等にふけるようになり、昭和三十一年八月頃から昭和三十三年二月頃までの間に農作物や家財を勝手に売飛ばしたり入質したりして得た金を持つて三回も家出する等次第に素行が悪くなり、その都度駐在所の巡査や親戚から説諭され、父や姉からもしばしば小言を言われたのでうるさく思い、自然その折合も悪くなつていつたため、父等と別居しようと考え、父に対し財産分けをして呉れるように申出たが、聞入れて貰えなかつた。

被告人はその後も素行を改めず、父等から離れて生活しようと思い、僅かに二回会つたに過ぎないキヤバレー「ニユウボレロ」の女給木原妙子と同年七月十二日頃、同棲することを約束し、同月十四日には家出するつもりだつた。同十四日早朝父と共に天白青果市場へ出荷に赴く途中同人に対し財産分与方を重ねて頼んだが拒絶せられ、父より一足先に帰宅したが、午前七時四十分頃勝手場にいた姉から「ゆうべ帰りが遅かつたではないか、早く帰らねばいけない」と前夜被告人の帰宅の遅かつたことを責められ、被告人が一寸口答をしたのに対し「何を言つている」と庭箒を持つて殴りかかられたので、被告人は玄関土間の方へ逃げたが、その折、帰宅した父がこの有様を見て被告人に腹を立て、「何を朝から喧嘩しているか、お前みたような者は殺してやる」と、長さ約五十六糎の金棒(証第四号)を手にして被告人の左肘を殴打した。父や姉に対して不平不満を持つていた被告人はここに及んで一時に感情が激発し、咄嗟に父勇次郎及び姉正枝を殺害しようと決意し、物置の棚から金鎚(証第三号)を持出し、風呂場附近でいきなり正枝の頭部を右金鎚で二回殴打して昏倒させ、引続き玄関土間と勝手場との境附近で被告人を追つてきた勇次郎の頭部を右金鎚で二回強打して同人を頭蓋骨陥没骨折による蜘網膜下出血に基き間もなくその場で死亡させ、更に、昏倒した正枝が絶命しないで脚部を痙攣させているのを認め傍にあつた麻繩(証第二号)で同女の頸部を一巻した上強く絞めつけて即時その場で窒息により死亡させて夫々殺害し、父の上衣ポケツト内に在つた現金二千円を抜取つた上、両名の死体を自宅六畳板の間床下の甘藷貯蔵穴に落し込み、藁莚各一枚宛をかぶせ、同日午後三時過頃までの間に自宅横の苗床から竹箕(証第一号)で運び入れた土を右両名の死体にかけてこれを埋没して遺棄した。

第二、証拠の標目〈省略〉

第三、法令の適用

被告人の判示所為中父勇次郎殺害の点は刑法第二百条に、姉正枝殺害の点は同法第百九十九条に、各死体遺棄の点は同法第百九十条に夫々該当し、右は同法第四十五条前段の併合罪であるが、本件は(一)肉親二人までも殺害していること、(二)その方法も殊に正枝に対するそれは惨虐であること、(三)犯行に至るまでの数年間に於ける被告人の行状が良くないのみならず、本件犯行後に於ける行動も、家にあつた麦を売払つた金や勇次郎の所持金を持出して女給と同棲するなど強く非難するに値するけれども、他面(一)何等計画的な犯行ではなく一時の激情にかられた突発的犯行であること、(二)被告人の日頃の非行が原因をなしているとは言え、本件発生の直接の端緒は被害者側の被告人に対する暴行にあること、(三)被告人はまだ若年で且つ常人に比しやや知能が劣ること、(四)現在に於ては深く悔悟し、拘置所に於てひたすら被害者両名の冥福を祈つていること等を併せ考えるときは、尊属殺人罪につき被告人に対し無期懲役刑を選択するのが相当であると認められるから、同法第四十六条第二項本文に従い他の刑を科さないこととして被告人を無期懲役に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書に従い被告人に負担させない。

第四、弁護人の主張に対する判断

弁護人は本件犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあつた旨を主張するが、医師杉田稔作成の精神状態鑑定書の記載及び被告人の当公廷に於ける陳述の態度並にその内容等を併せ考えれば被告人は常人よりは知能程度やや低く衝動的に攻撃的行動をとりやすい性格を有すると認められるが、判示犯行当時是非善悪の判断に基き行動することが著しく困難であつたとは認められないから、弁護人の右主張は採用しない。

(裁判官 井上正弘 平谷新五 水野祐一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例